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saharaの日常のかきつづりです。
ときどき絵も描いてくかも。
「岩手芸術祭美術展」搬入。と、鳩の国。

今年は展示には参加しない、と言ってはいたんだけど、縁在るとこもあって、
参加済みの、お世話になってる白鳥の停車場さんの、「ケンタウル祭vol.4」、プリン同盟の毎年恒例「プリン展」、学校つながりの「ムサビズム展partII」、

そして、本日、「岩手芸術祭美術展」のデザイン部門に作品を投入したので、

これで今年の露出は終われる筈だと思う。

 

「岩手芸術祭美術展」の展示自体は、10月5日から1ヶ月程部門を変えつつ開催されるんだけど、

搬入は本日のみとあって、搬入会場は、多くの作品と搬入する作家さん達でごった返していた。

 

そして、現代美術部門は今年度より野外展示の会場も増えたというので、お手伝いというか賑やかしというかで、ちょっと寄ってて見た。

そこは公園であり、

同時に、鳩の国でもあった。

暑さの中、準備に奮闘する係の皆様を囲む、鳩の充実っぷりが凄かった。

 

展示本番までまだ日があるけど、ぜひお楽しみに。

| 雑記 | 18:02 | - | - | pookmark |
そして、世界は繋がって行く。

サヨナ嬢は当初、とても寝呆けていて、のんびりまったり、篭った様な囀りで居たのだが、

最近は、僕が好きなタカタカしたパッセージにも付いて来てくれる様になったので、ちょっとは安定してきた、と思う。

ただ、サヨナ嬢を囀らせるには、自分の中に「音」が沢山必要で、

その音が圧倒的に不足している事を、今更ながら思い知るのだった。

そして微弱な音の蓄えを使い切ってしまって、すっからかんになっている自分にも気付く。

地味ながら「色」も消費するし、絵と違って突発的に必要な分、

こちらの体力を問われている様で、なかなかに面白い状況だ。

 

そんな状況では、外から音を摂ってくるのが、1番に手っ取り早い。

という事で、盛岡市民文化ホールで開催されていた、「パイプオルガン プロムナードコンサート」へ。

 

演奏の方が、ドレスにスパッツ。というちょっと不思議な格好をしていたので、「?」と思ったのだが、

パイプオルガンは手だけで無く、足もガッツリ鍵盤を踏むので、その為の格好なのだと直ぐに分かる。

パイプのぼーぼーする独特の音は、空気中だけで無く、地を伝っても聞こえる。

この頃の音楽は、特に教会で、神様への祈りの為に捧げられたものなので、特に「祈り」の感情の純度が高い様に思う。

聞いた事のあるクラシックを中心に、結構な難しさの曲も弾かれていて、30分程のミニコンサートながら、とても楽しませて頂いた。

 

それと、余談だが、良く見ると、ここのパイプオルガンは左右非対称の装飾が施されている。

一概に言えるものでは無いし、あくまでも推測だけど、

左右対称な装飾が、絶対的な神様の象徴の暗示だから、ここのオルガンはきっと、人間の為に作られたものなんだろな、と思う。

そういう意味では、今を生きる人達に向けた音だと思うので、聴きやすいかも。

 

秋には他のコンサートも組まれている様なので、興味ある方はぜひ。

| 雑記 | 23:10 | - | - | pookmark |
一肌、脱がれてた。

爬虫類は好きなので、ご近所にお住まいなのは、全然構わないんだけど。

全身脱ぎっぱなしにされると、流石にぎょっとする。

| 雑記 | 19:38 | - | - | pookmark |
旅と、展示と、ちょこっと本職。

色々見たいもの・聴きたいもの・買いたいものが有りまくったので、仙台へ。

 

せっかくなので、展示などで仲良くして頂いてる、陶芸家の島見さんをお呼び出ししてお付き合い頂く事に。

眺めのいい「カフェモーツァルト・アトリエ」で制作の話などをしつつ、

(*ランチはご馳走して頂きました!どうもありがとうございます!!)

 

丁度、仙台のアーケード内・「ライフスタイル・コンシェルジュ」にて展示をしていた、「小鯖 美保子」さんの陶芸展へも。

壁掛けの作品の見せ方が面白かったのと、新しい試みらしき色物の器の斬新さが目を惹いていたと思う。

そして、平面中心の身と、同じ陶芸家さんの視点は随分と違っていて、そういう所も凄く面白くて楽しかった。

僕一人では完全に迷って行き付けなかったと思うので、そこも感謝。


ーーーーーーーーーーーーーーー
・小鯖 美保子 (陶芸展)
日時/6/11〜6/30 10時〜18時(最終日16時)入場無料  (定休日/月曜日)
場所/「ライフスタイル・コンシェルジュ」
仙台市青葉区一番町3-11-8-2F(ふらんどーむ一番町アーケード内)
ーーーーーーーーーーーーーーー
 

更には、絶対にパフェが食べたい一存で、「彦いち」さんにてお茶タイム。

他にも雑貨屋さんを中心に、くるくるとお買い物と探索をし、

沢山今後の制作のヒントも頂いて、ちょっと展開が面白くなりそう。

 

島見さんの次の展示は夢メッセでの陶芸展だそうで、これからの活躍も楽しみ。

お付き合い頂き、どうもどうもありがとうございました!!楽しかったです♪

 

 

次の日は、楽しみにしていた「仙台国際音楽コンクール」のヴァイオリン部門(予選)へ。

多分、普通なら選考の進んだ最終審査とかのが聴きたいんだと思うし、実際人気の具合もそうだけれど、

僕は予選が大好きなのだ。

 

予選は、結構個性的な演奏をする方も出てたりして、そこで自分の好みを再発見できる、というのもあるし、

やっぱり最初の大舞台に、観衆が一人でも多い方が嬉しいだろうなあ。という気持ちもあったりして、

ちょっとでも応援出来たらな、という気持ちも込めて、席に行く様にしている。

「コンサート」では無く、文字通り「コンクール」なので、受験当日の様なピリッとした空気も清々しく、演奏も真剣で暖かくて、もちろん浴びる様に、音を聴きまくってきた。

 

予選は明日もあるし、セミファイナルとかも席によってはまだ取れるので、気になる方はぜひに。

 


ふっふっふ、そして彼女も、「完成」。

見様見真似で最後の関門、弦を張ってみるも、「調弦」には程遠く、プチトラブルもあって頓挫しそうだったので、
困った時のプリン頼み!!とばかりに、先達のプリン同盟会長に助けを求め、手慣れた手付きで弦張りと音合わせをして頂いた。

…して頂いた!!
一人では到底頭の回らない、細かい調整も共にして頂き、

更にはおやつまでお裾分け頂くという面倒の掛けっぷり…。
本当にどうもありがとうございました!!


これで実奏出来るわ。囀らせて頂こう。

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| 雑記 | 23:22 | - | - | pookmark |
On the ship, on the sea.

 

 

船の上でほろ酔いたいのに、

当然ながら、操船してたら飲酒運転になるやん。と気付く、にわか船長の矛盾。

| 雑記 | 21:38 | - | - | pookmark |
Sleep in a field.

僕は、自分の展示をする時は、心地良い静寂の中で、絵達と語り合って欲しいと願っている。

なので、極力こちらからちょっかいは出さない様にしているのだが、

最近の展示の風潮からなのか、ここ最近は展示をする度に、

「展示を見に来る」方では無く、「作家さんに会いに来る」方が多くなって居て、

自由に見て頂く、というよりも、求められて、どう見るかをレクチャーする、という事が多い様に思える様になってきた。

 

これは、僕が他の方の展示を見に行っても感じる事なのだが、

一昔前に比べて、解説ボードや音声案内が充実していたり、作家さん自身からのコミュニケーションがすごく自然になっている事もあるのだと思う。

この、作家さん自身が自分の想いやコンセプトを語れるのは、とても素晴らしい事、なのだけれど、

何だか結果的に、作品を見る、という事が二の次になってしまい、

それは、せっかく映画を見に行ったのに、舞台挨拶の事ばっか憶えていて、繊細な部分の内容をろくすっぽ覚えていない、みたいな感じで、

気兼ねして終わってしまうという事も多くなった。

 

もちろん、見る側が何を感じようが自由だし、

その糸口として、作家さんが自身の言葉で橋渡しをするのは、好ましい事だと思う。

 

ただ、むしろこちらの思惑など何も介せずに、素の侭で見て貰えるのが幸せだと思う身に対しては、

展示をする意図が、全く無くなってしまったのだった。

 

それならばいっそ、居る時間を共有する事だけに特化した方が、幸いなのかも知れない。という方向に、もう僕自身はシフトしていて、

エトモちゃんを沈静化させた辺りから、ご依頼の対象だけにスポットを当てる、という方向に舵を取っている。

個人としての露出は減りつつあるけど、描きたいモノ、描くべきモノだけに集中して抽出出来る様になったので、結果的には良かったのかな、とも思う。

まあ、僕自身が、そういう賑やかな世界に居飽きた。というだけなのかも知れないけれど。

 

その目新しい側の土壌として、昨年から取り組んでいた「武器」が、もうそろそろ形になりそうなので、

今はもう少し、植えた種の発芽を信じて、水をやって居たい。

| 雑記 | 23:24 | - | - | pookmark | 昨年の記事
猫つながり、の、展示。と、追悼の雑記。

後半はちょっと湿っぽい話になってしまい、(僕が)耐えられそうに無いので、猫つながりの展示から。

 

新年1番目の展示は、岩手県立美術館で2月17日まで開催中の、「ますむらひろし展 ーアタゴオルと北斎と賢治とー」へ。

ますむらひろしさんの本は、頂いた自分のモノの他、実家にほぼ全冊(しかも装丁が代わった物までも)コレクションされていた為、子供の頃から読んでて、ほぼ全ての内容が頭に入ってる状態だったので、かなりどっぷりと世界に浸る事が出来た。

 

カラー原画はカラーインクが多用されていて、インク特有の、蛍光色みたいなチカチカする色彩が眩しかったし、

今回の目玉であろう、北斎の浮世絵をアタゴオル化したシリーズのものは、作者独自の視点やユニークなアイデアなどが加わっていて、ただの模写では無い楽しさがあった。

それに加えて、描かれている内容の考察等の解説も、みっちりキャプション化してあって、それだけで一冊本を読んだ位の濃密さだった。付随して、北斎の絵ももっと見たくなる好奇心に駆られてくる。

じっくり見たい方は、時間に余裕を持って行くのがおすすめだ。

個人的には、長持をカブトムシ化した絵がすっごく可愛くてお気に入りだった。

他の原画も、実際の印刷物より大きめサイズで描かれていて迫力があるので、気になる方はぜひ。

 

それと、昨年末は、クラムボンさんの「素猫展」へ。

(写真は、仲良しの『木羊日』さんお手製のパペット。)


毎年恒例の、「猫の作品なら何でもOK!」という、誰でも自主参加式の楽しい展示。
写真あり、本気の絵画あり、さらっと沢山の猫達の作品が並んでいて、
そして猫らしく気まぐれに、あちこちにこまこまっと島を作って展示されていて、ほっと一息出来る暖かな展示だった。
猫好きには堪らない展示だ。

 

で。

クラムボンさんのマスターの告別式にも、ささやかながら参列させて頂いて来た。

 

クラムボンさんでの展示の時に、芳名帳を置いておくと、

ご自分のお店なのに、いつもご記帳に名前を書いて下さっていて、とてもお茶目なマスターだったなあと想い出します。

展示の時に、こそっとカウンターの中に入れて頂いて、マスターが見て居たのと同じ光景を見せて頂けた事も、凄く嬉しかった。し、

コーヒーのお店でいつも紅茶しか頼まないのに、しっかり丁寧に淹れてくれていた紅茶も、とても美味しかった。

 

参列されて居る沢山の方が、涙を拭っていて、
切なくて、けれど愛おしいお式だったなあと思う。

弔辞での「貴方のコーヒーが飲みたい。」の言葉、みんな思って居たと思うんだ。

本当に感謝の想い出ばかり。心より、どうもありがとうございました!

 

そして、クラムボンさんは1月10日より再開です。

2代目の娘さんのご活躍と共に、紺屋町にまたコーヒーの香りが漂う日常は、まだまだ変わらないという事に安堵しつつ、

マスターも、今度はカウンターの側で、コーヒーを飲みに来てくれる事を願って。

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| 雑記 | 18:20 | - | - | pookmark |
納まって無い仕事納め。

こんな日に、ここを覗いてる方は少ないかと思うけども!

相変わらず押しに押されて、今年はクリスマスカードはおろか、年賀状も出してない無粋っぷりですが、

2018年、今年も本当にお世話になりました!感謝感謝です!!

 

今年は本当に、絵本を出したり、展示やらグループ展やら色々参加させて頂いたり、

何故かコンスタントにご依頼が続いてくれてた事もあって、仕事の幅も内容も、凄く広かったなあ、と思います。

充実してて、勉強させて頂いた1年でした。どうもありがとう。

 

その反面、理想としている「未来の予定を3割入れる」が、今年はほぼ皆無だったので、

来年以降はお知らせの通り、展示・イベントの類は参加せず、個人の制作と取材に没頭しようと思っとります。

 

例えて言うなら、

5教科の総合点を上げる時、80点取れる国語を頑張って90点取れる様になるよりか、

30点取ってる社会を、60点取れる様になる方が、全体としての底は格段に上がる訳で。

同様に、幾ら知り尽くしても、3割にしかならない陸の事を知るよりも、

識らない事ばっかりの7割の海に踏み入る方が、この世界の事も、地球全体の事も、もう少し広く見れるんじゃないかと思って居るので、少し海に出ていようと思います。

人間は陸の生き物だから、どうしても陸の事ばっかり考えがちだけど、

風と波と星の存在が強くて、動き続ける事でしか「変化しない」状態を保てない、常に判断を迫られる環境の中で、

生き物の根源の様な、あのちっぽけな感覚を、もう少し身に染み込ませる新年で在ればと願います。

 

あ、拠点は変わらず盛岡なので、お仕事等は気兼ねせず振って頂いて大丈夫。

居ない時はだいたい船の上か、寝てる時だと思うので。

 

という感じで、今年もどうもどうもありがとうございました!!


来年も変わらず、更に心赴く侭に、行きたい様に生きたい様に活動して行くので、どうぞよろしゅう。
では、よいお年を。

| 雑記 | 14:24 | - | - | pookmark |
実は、夏から探してた。

秋田での、思わぬ収穫にほっくほく。

| 雑記 | 07:24 | - | - | pookmark | 昨年の記事
文には、モノクロが似合う。

表向きのちゃんとした言葉も必要だけれど。

それとは別に、今回の「北の文学」の挿絵について、ごく個人的に想う所を記しておこうと思う。

 

好き嫌いはさておいて、

まだ日の目を見ていない、夜空からの朝焼けの様な原稿に、目を通すというこそばゆい様な贅沢は、僕にとって至福のものだった。

 

一方的に掬い出した、物語の印象は、
少しばかりの残酷さと、
掴んだ処でさらさらと指の間から崩れ落ちて行く、純度の高い粉雪みたいに思えたので、
絵達の温度も、些か低めにとってみた。
物語の淵には、絶望がチラチラと燃えている様にも思えたが、
僕の個人的な見解として、この作家さんはそれよりも、日常のささやかな喪失感と得るもの、に、焦点を当てている様に思えたので、
少し温度の低い、感情を削り落としたモチーフの方が、雄弁に語れる様な気がした。
そしてモノクロな事も加わって、いつもよりも少しだけ、黒の方向の色味を強めにしてみた。
そういう所も、少しばかり冷ややかに映ってくれたら、嬉しい。
 

本来、言葉だけで完結する世界に、絵など必要無いと思うので、

そこにどれだけ汲みせるか、という所が心の寄せ様なのだろう。と思う。

それがプラスになるのか、はたまた二乗以上の意図を創り出せるかどうかは、きっと絵の方の重大な役割なので、

面白みの無い扁平さで包んでしまったのなら、それは僕の一方的な落度だ。

 

切り取られた場面の、一個人の視覚化の行方を、
少しでも、プラスの方向に想われて居たならば、それは幸福な事だと思う。
何よりも、言葉の地平に、少しでも艶やかな色を届けて居られたらと、願う。

 

という訳で、どうぞよろしゅう。

| 雑記 | 23:22 | - | - | pookmark |